お背(せ)戸(ど)で もいだ橙(だいだい)も、

町のみやげの 花菓子も、

佛さまのを あげなけりや、

私たちには とれないの。

 

だけど、やさしい佛さま、

ぢきにみんなに 下さるの。

だから私は ていねいに、

両手かさねて いただくの。

 

家にゃ お庭はないけれど、

お佛壇には いつだって、

きれいな花が 咲いてるの。

それでうち中 あかるいの。

 

そしてやさしい佛さま、

それも私に くださるの。

だけどこぼれた 花びらを、

踏(ふ)んだりしてはいけないの

 

朝と晩とに おばあさま、

いつもお燈明(あかり)あげるのよ。

なかはすっかり 黄金(きん)だから

御殿(ごてん)のように、かがやくの。

 

朝と晩とに忘れずに、

私もお禮(れい)を あげるのよ。

そしてそのとき 思ふのよ、

いちんち忘れて いたことを。

 

忘れていても、佛さま、

いつもみていて くださるの。

だから、私はそういふの、

「ありがと、ありがと、佛さま。」

 

黄金(きん)の御殿(ごてん)のやうだけど、

これは、ちいさな御門(ごもん)なの。

いつも私がいい子なら、

いつか通ってゆけるのよ

 

この詩は、当時の金子家の生活ぶりがよく伝わってきます。黄金色に輝くお仏壇なのだから、浄土真宗の門徒であったこと…

そして、お仏壇には、いつもきれいなお花がお供えしてあって…朝晩おばあさんがお灯明をあげておつとめをしている…

みすゞさんも朝晩両手を合わせ、ほとけさまに、お願いではなく、お礼をしていたというところに感心します。

一日忘れていたことというのは、一日いただいたもの…食べ物や飲み水や、住むところ、来ている着物…衣食住すべてが、いただきものだったこと…当たり前のように思っていたことが当たり前でなかった。

だから「ありがと、ありがと、佛さま。」と詠んでいます。

本当に念仏の教えがきちんと届いていたことが伝わってきます。

そして、みすヾさんは、お仏壇を

「御殿のやうだけど、これは、ちいさな御門なの。」

と表現しています。…門とは、仏さまの門…つまり、仏門ということでしょうねぇ…

その門は、

「いつも私がいい子なら、

いつか通ってゆけるのよ」

と詠んでいますが…別の「お花だったら」という詩で「いい子」になれない自分を見つめています。

お花だったら

 

 もしもわたしがお花なら、

とてもいい子になれるだろ。

 

ものが言えなきゃ、あるけなきゃ、

なんでおいたを するものか。

 

だけど、だれかがやって来て、

いやな花だといったなら、

すぐにおこってしぼむだろ。

 

もしもお花になったって、

やっぱし いい子にゃ なれまいな、

お花のようには なれまいな。

 

 

 花は大地に咲き、そこから動くことはできません。だから動き回っていたずらをすることもありません。そして話すこともできません。だから、悪口を言ったり、うそをついたりすることもありません。

 「なんで おいたをするものか」は

「なんでいたずらができようものか」ということです。

 

だけど、誰かが「嫌な花だな」などと言ったら、私は、怒ってしぼんでしまうだろう。

「もしもお花になったって、やっぱしいい子にゃ なれまいな、お花のようにはなれまいな」と「いい子」になれない自分を見つめる力を親鸞さまの教えからきちんと受けとめていたことが分かります。

 

【家庭内のちょっとした会話…】

 

…上記の金子みすずさんの詩を読んで…

 

父「「背戸」って何だか知っている?」

子「せど…地名?せどの花嫁」

父「そりゃ瀬戸だ!「せと」じゃなくて、「せど」…」

父「若いもんじゃわからんかぁ…

じゃあ、おばあさん「背戸」ってなんだか知ってる?」

おばあさん「「背戸」っていうのは、

家の裏のことじゃん…」

「…昔はよく使ったがん…

「おばあさんどこにおる?

…背戸におるって」」

おばあさん「昔と今じゃだんだん言葉も変わってきて、昔の言葉がわからんようになってきたねぇ…じゃあ「くど」って何だか知っとるかん?」

父「「くど」くらいならオレでもわかるけど…子どもたちはきっと知らんだろうなぁ?」「なあ…「くど」って何だか知っている?」

子「「くど」くらいわかるよ…」

父「へぇ、お前たち「くど」がわかるのか?…」

子「毎朝の母さんみたいなことでしょ…」

父「毎朝の母さんみたいなこと???…ど・どういうこと?」

子「毎朝、母さんうるさいじゃんか…

「遅刻しちゃうから、早くしなさい…

間に合わんから、早くしなさい

早くご飯食べて、服を着て…って…

いっぺん言えばわかるのに何度も何度も繰り返す…

ああいうのでしょ「くどっ!」」というのは…

父「それをいうなら「くどっ!」じゃなくて、「くどい!」でしょ…」

おばあさん「「くど」っていうのは、昔ごはんを焚いたところだよ…」

因みに…

「インターネットで調べたら…竈(くど)とは、竈(かまど)のうち、その後部に位置する煙の排出部を意味する(原義)。だって」

因みに下線部分はコピペです。


今後の行事マスクをお持ちください

日/曜日 時間 内容 備考
2021年(令和3年)
毎月 第1(日) 午前6時半 おはよう講座 毎月 第1 日曜日
中止第3(木) 午前10時~午後3時半 福遊会 毎月 第3 木曜日
10月 12日(火) 中止午前10時 永代経 法話:戸松 憲仁 住職
午後1時 前住職ご命日 中止落語:三遊亭兼好
中止俗曲:桧山うめ吉
27日(水) 午前10時/午後7時半 親鸞教室  
11月 12日(金) 午後1時 開基・中興法要 法話:戸松 憲仁 住職
12月 9日(木) 午前10時/午後7時半 親鸞教室  
12日(日) 午後1時 成道会 法話:織田 慶雄 師
2022年(令和4年)
1月 12日(水) 午後1時 修正会 法話:堀田 護 師
24日(月) 午前10時/午後7時半 親鸞教室  
2月 11日(金) 午後2時 こどもほうおんこう「人形劇」 とんがらし
12日(土) 午前9時半/午後1時 報恩講 法話:亀井 鉱 師
13日(日) 午前9時半/午後1時 報恩講  
3月 12日(土) 午後1時 聖徳 太子会 奉讃会 法話:伊奈 祐諦 師
4月 12日(火) 午後1時 永代経・蓮如忌 法話:小谷香示 師
5月 12日(木) 午後1時 定例・奉賛会 法話:戸田 恵信 師
6月 12日(日) 午後1時 前々住職御命日 法話:戸田 栄信 師
7月 11日(月) 午後1時 お盆会 法話:戸松 憲仁 住職
12日(火) 午後1時 お盆会 法話:藤井 義尚 師
8月 12日(金) 午後1時 定例・奉賛会 法話:青木 馨 師
13日(土) 午後7時 納骨堂 お盆会 寺内勤め
14日(日) 午後7時 納骨堂 お盆会 寺内勤め
9月 12日(月) 午後1時 定例・奉賛会 法話:梛野 明仁 師