作家 辺見じゅん
【小耳にはさんだおもろい話】
河童の話
大蛇もこんな
カッパもこんな
なんでもこんな

子供のころ、川で泳ぐときは、こんな唄をうたった。一種のおまじないのようなもので、男の子はかならず赤いふんどしを締めた。川には河童がいて、尻の青い子を好んで喰べてしまうといわれたからだ。
私か四つか五つの時、隣の集落の少年が一人で川へ泳ぎに行って溺れ死んだ。私がその川へ行ったときは菰がかぶせられていて、水でふくれた足だけが見えた。
「川原坊主が喰うたがやちゃ」
河童のことを「川原坊主」と呼んでいた。
そばにいたおばさんが、
「おとろしや、おとろしや、あんたちゃ、一人で川へ行かんがぞ」と言った。
「おとろしや」とは、怖ろしいという方言である。おばさんの注意よりも、少年のお尻はやっぱり青かったのだろうかと、菰をめくりたくて仕方がなかった。
川原坊主は頭のてっぺんに皿のようなものがのっていて、足の水かきはスコップみたいにひろがっているという。
私は祖父母に何度も「かーらぼうず」を見たことがあるのかと尋ねたらしい。
「そんなもん、知らんちゃ」
祖母は即座に否定すると、そばにいた
おばさんと同じように、川には決して
一人で行ってはいけないと、すこし恐い顔をして言った。私が向こうみずで、
そのくせなんでも知りたがりやなのをいつも怒っていた。
二十年ほど前、テレビの取材で私の生家を訪れた時、八十歳近い爺さまがテレビ局のディレクターに、
「この子は男の子みたいでな、
川で溺れかけていたのを、
わしが助けたがやちゃ」
と話していた。亡くなった少年のことは覚えているのに、自分の話になると忘れてしまっていて、私は何度も老人にへこへことお辞儀をした。
私がよく遊びに行った川は北陸本線の線路を越えた場所にあった。
途中に茄子や胡瓜の畑があり、
河童はこの胡瓜が好物で盗みにくるそうだ。それで、胡瓜を巻いた海苔巻きをカッパ巻きというのだろうか。
川にはいくつもの淵がある。
水の青いあたりは危険がないが、
背丈を越すと川原坊主に水底まで連れて行かれるという。
河童の呼び名も地方によってさまざまで、九州の熊本あたりでは、川にいるときはガワッパ、山へ帰るとヤマワロと呼び、山桃の実が好物なのだそうだ。
河童が山へ登ったり、川へ下ってくる日は決まっていて、その晩は外に出ないようにしたと、熊本で会った老人は語ってくれた。
「ヒョンヒョン泣きよってね、それが恐くて母親にしっかり抱かれちょった」
遠い昔を回想した、柔和な表情だった。
私の生まれた富山には、河童に妙薬を教えてもらった家がある。
その妙薬は「養立湯」、俗に富山市針原の住所にちなみ、「針原の五香」と呼ばれた。
この堀内家を訪れたことがある。
代々与次右衛門と名乗る郷士の家柄で、私がお会いしたのは十七代目であった。「養立湯」と印刷された薬袋には河童の絵が描かれていた。五香といって、甘草、桂皮、芍薬、河骨、桔梗など五つの薬草を調合した。風邪、歯痛、産前産後によく効いたが、戦後はつくっていない。
福井の九頭竜川の汚染を告げにきた河童の話もある。
ある夏の日、九頭竜川に住む河童が村人に水をきれいにしてくれと言いにきた。村人がとりあわないでいると、河童は二度と現れなかった。この川のカドミウム汚染が問題になったのはそれから間もなくだった。村人が河童に詫びようと川や山に行くと、
「百年たったらもどるけえ、それまでに川の水をきれいにしてくれろ」
山の遠くから声が聞こえてきたそうだ。
二十一世紀の日本は、河童も住めなくなった川ばかりになってしまうのではないか。川遊びもプールに変わり、故郷では川原坊主の話を語る大人たちもほとんどいなくなった。
「娑婆を逃れる河童」など好んで河童の絵を描いたのは、芥川龍之介であった。
亡くなった年の短篇にも「河童」があるし、短歌も数首のこしている。
短夜の清き川瀬に河童われは
人を愛しとひた泣きにけり
龍之介
水神のなれの果てといわれる河童に、
自らの心情も託したのだろうか。
「人を愛し」のフレーズが妙にもの悲しい。
芥川龍之介は昭和二年七月二十四日に服毒自殺した。その忌日は「河童忌」と呼ばれて親しまれている。
高浜虚子に師事し、俳号は「餓鬼」。
一周忌には「澄江堂句集」もつくられた。
芥川が亡くなった年は、例年になく暑かった。葬儀の日も暑くて、友人の内田百閒は、
「あんまり暑いんで、
死にたくなったんだろうよ」
と、呟いた。
河童忌の庭石暗き雨夜かな 百閒
【住職のひとこと】
学校にまだプールのない時代、多くの矢作の子どもたちは、夏になると矢作川で泳いでいたそうです。ときどき溺れて亡くなる子供もいたそうです。
今なら学校の監督不行き届きというようなことで大騒ぎですけれど、昔は誰にも責任を押し付けることなく「運が悪かったねぇー」「河童に引っ張られただわ」で済んでいたそうです。
因みに、昔から、福万寺に矢作地区・東西南北の小学校と中学校の亡くなられた生徒・職員の位牌があります。
| 月 | 日/曜日 | 時間 | 内容 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 2026年(令和8年) | ||||
| 毎月 | 第1(日) | 午前6時半 | おはよう講座 | 毎月 第1 日曜日 1月 第2 日曜日 |
| 中止第3(木) | 午前10時~午後3時半 | 福遊会 | 毎月 第3 木曜日 | |
| 8月 | 12日(火) | 午後1時 | 盂蘭盆会 | 法話:青木 馨 師 |
| 13日(水) | 午後7時 | 納骨堂 お盆会 | 寺内勤め | |
| 14日(木) | 午後7時 | 納骨堂 お盆会 | 寺内勤め | |
| 28日(金) | 午前10時/午後7時半 | 親鸞教室 | ||
| 9月 | 12日(土) | 午後1時 | 彼岸会 | 法話:梛野 明仁 師 |
| 30日(水) | 午前10時/午後7時半 | 親鸞教室 | ||
| 10月 | 12日(月) | 午前10時 | 秋の永代経 | 法話:戸松 憲仁 住職 |
| 午後1時 | 前住職ご命日 | 落語:三遊亭兼好 俗曲:桧山うめ吉 |
||
| 11月 | 12日(木) | 午後1時 | 開基・中興法要・相続講 | 法話:未定 |
| 12月 | 12日(土) | 午後1時 | 成道会(お釈迦様の命日) | 法話:織田 慶雄 師 |
| 2027年(令和9年) | ||||
| 1月 | 12日(火) | 午後1時 | 修正会 奉讃会 | 法話:堀田 護 師 |
| 2月 | 11日(木) | 午後2時 | こどもほうおんこう「人形劇」 | とんがらし |
| 12日(金) | 午後1時 | 報恩講 | 法話:安藤 伝融 師 | |
| 13日(土) | 午後1時 | 報恩講 | 法話:堀田 護 師 | |
| 3月 | 12日(金) | 午後1時 | 聖徳 太子会 奉讃会 | 法話:伊奈 祐諦 師 |
| 4月 | 12日(月) | 午後1時 | 永代経・蓮如忌 | 法話:小谷香示 師 |
| 5月 | 12日(水) | 午後1時 | 定例・奉賛会・宗祖誕生会 | 法話:戸田 恵信 師 |
| 6月 | 12日(土) | 午後1時 | 前々住職御命日 | 法話:戸田 栄信 師 |
| 7月 | 11日(日) | 午後1時 | お盆会 | 法話:戸松 憲仁 住職 |
| 12日(月) | 午後1時 | お盆会 | 法話:藤井 義尚 師 | |