旧姓・畔柳繁代

昭和13年3月25日生まれ 
岡崎市桑谷町の畔柳正雄と畔柳かよ
の次女として生を受ける。
【母の思い出】
 昭和35年 母はその当時、姑と姑の母と義理の弟3人いる家、しかも、お寺へ嫁いできました。親戚の中には心配する人もあったそうですが、祖母が篤信者で、熱心に結婚を勧めてくれたそうです。
 
 結婚当初、父親は三河別院の横の岡崎教務所に勤めていて、そこで頂いてくる安月給で、7人家族を切り盛りする非常に貧しい暮らしだったそうです。
毎朝、かまどでご飯を炊いて、
父と義弟3人に弁当を持たせ、その忙しい合間を縫って、洋裁の内職をして、
家計を助けていました。

(…そういえば、
私(住職)の子供の頃家には、
マネキン?
がありまして…
着るものといえば
下着以外全部
母親の手作りのものばかりでした…)

昭和37年の1月に長男の私(住職)を
翌38年11月に次男(柳堂寺住職)を
そして昭和46年に長女を出産し、子供3人を(立派に?)育ててくれました。
 
 そのうちに父親が大学生の弟たちと当時まだ珍しかった学習塾を開き、近所の子供たちが大勢通ってきたそうです。
 また、その当時、大阪でいろんな問題を起こして高校を退学になり、地元ではどこも受け入れてくれる学校がなくなった不良少年が、親のコネで遠く離れた愛知県の当時できたばかりの城西高校に転校することになり、その子の親に泣きつかれて、お寺でその子を下宿させ、身元保証人になりました。杉田君という子でした。
(私(住職)が子どもの頃、杉田君によく遊んでもらった記憶があります)
でも、その杉田君は、矢作でもいろんな問題を起こしては高校に呼び出され、その都度、私の母親が学校とご迷惑をかけた家々へお詫びに行ったそうです。
…因みに杉田君は、その後、大阪で会社の社長になり、今でも、その当時お世話になったお礼とお詫びを毎年、年賀状にしたためてくれます。その杉田君も2年ほど前に亡くなりました。
 
そして、昭和46年本堂再建…
多くの門信徒の方々のお力をいただき、現在の本堂が完成し御遠忌法要を勤め
さらに、平成六年・太子堂建立…
聖徳太子千三百五十回・福万寺再興百年の御遠忌法要。
その間に曾祖母を送り、祖母を送り、前住職を送り本当に忙しい一生涯でした。
 
 今も母の部屋へ行くと、何十年と使ってきた古い「お針箱」が飼い主を亡くした犬のようにポツンと置かれてあります。その中に銀色に光る「指ぬき」を見ると、それをはめて裁縫をしていた母親の姿を思い出し、どうにもこうにも涙が溢れてきます。
本当に長い間、お育ていただいて
ありがとうございました。…でもね、
こういうお礼は、本当は生きてるうちに言っとけばよかったね。
お浄土で、また会いましょう。
待っててね。
合掌


今後の行事

日/曜日 時間 内容 備考
2026年(令和8年)
毎月 第1(日) 午前6時半 おはよう講座 毎月 第1 日曜日
1月 第2 日曜日
中止第3(木) 午前10時~午後3時半 福遊会 毎月 第3 木曜日
8月 12日(火) 午後1時 盂蘭盆会 法話:青木 馨 師
13日(水) 午後7時 納骨堂 お盆会 寺内勤め
14日(木) 午後7時 納骨堂 お盆会 寺内勤め
28日(金) 午前10時/午後7時半 親鸞教室  
9月 12日(土) 午後1時 彼岸会 法話:梛野 明仁 師
30日(水) 午前10時/午後7時半 親鸞教室  
10月 12日(月) 午前10時 秋の永代経 法話:戸松 憲仁 住職
午後1時 前住職ご命日 落語:三遊亭兼好
俗曲:桧山うめ吉
11月 12日(木) 午後1時 開基・中興法要・相続講 法話:未定
12月 12日(土) 午後1時 成道会(お釈迦様の命日) 法話:織田 慶雄 師
2027年(令和9年)
1月 12日(火) 午後1時 修正会 奉讃会 法話:堀田 護 師
2月 11日(木) 午後2時 こどもほうおんこう「人形劇」 とんがらし
12日(金) 午後1時 報恩講 法話:安藤 伝融 師
13日(土) 午後1時 報恩講 法話:堀田 護 師
3月 12日(金) 午後1時 聖徳 太子会 奉讃会 法話:伊奈 祐諦 師
4月 12日(月) 午後1時 永代経・蓮如忌 法話:小谷香示 師
5月 12日(水) 午後1時 定例・奉賛会・宗祖誕生会 法話:戸田 恵信 師
6月 12日(土) 午後1時 前々住職御命日 法話:戸田 栄信 師
7月 11日(日) 午後1時 お盆会 法話:戸松 憲仁 住職
12日(月) 午後1時 お盆会 法話:藤井 義尚 師